2016年9月6日火曜日

相円寺坐禅会に参加して

一昨日、9月4日の日曜日午後3時30分から、寺町は相円寺の坐禅会に参加してきました。
参加者はなんと私ひとり! ちょっと残念!
で、副住職とふたり、じっくりと坐禅し、じっくりと話を聴き、そしてじっくりと語り合いました。

以下、私の感想ですのであしからず。

「~のために~をする」
これって、当たり前ですよね。私たちの日常は、ほとんどがこの「法則」で成り立っています。
しかし、道元的生き方は、
「~をする」
のみとなります。
ここには、時間をどう捉えるか、という問題があります。道元は、一瞬一瞬が大切であり、今という時間しかないのだということを説いています。
つまり、「~のために」として過ごす時間は、今を生きていない。いや、「生き切っていない」と言えばよろしいか。
たとえば、「外出のために着替える」ということがあり、出かける時間が迫っていて、あせってボタンがはまらなかったり、ハンカチ探して泡を食ったり、なんてことありますよね。頭に浮かぶのは、遅刻して叱られる情景…。これは、外出と言う目的(未来)に心が失われ、着替えるという「今」が見えていない、「今」を生き切っていないということなのです。
着替える時は、只、着替えるのです。着替えることイコール生きることなのです。

私、この考え方、というよりこの感覚に、すごく共感するのです。そして、すごく救われています。


というふうに、一昨日はこのようなお話をしたり、坐禅をしたり。

これって、ふつうの坐禅会とまったく違います。
「はい、これが仏教の教えです。こうするのが坐禅です。ですので、よく学んで行ってくださいね」という一方通行ではなく、一緒に生き方を模索する場というか、考える場というか、感じる場。

いかがですか。
興味ある方、ぜひご一緒に。

次回は9月11日(日)午後3時30分からです。申込不要。
お待ちしています!